大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)2430号 判決

被告人 有賀基雄

〔抄 録〕

原判決が被告人の罪となるべき事実として、所論摘録のような事実を認定判示した上、被告人を懲役四月に処すると共に、刑法第二十五条第一項を適用して、三年間右刑の執行を猶予する旨を言い渡していること、及び記録によれば、被告人は、これよりさき、昭和三十年五月十九日、東京地方裁判所において、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反並びに傷害罪により、懲役十月三年間執行猶予の判決を受け、該判決は同年六月三日確定したものであることが認められること、並びに、原判決の認定した本件犯罪は、右確定判決の罪と刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるいわゆる余罪にあたるものであることは、いずれも所論のとおりである。しかして所論は、右のように、併合罪の一部について、既に執行猶予の判決が確定した後、その確定前に犯され、右確定判決の犯罪と刑法第四十五条後段の併合罪の関係にあるいわゆる余罪について執行猶予の言渡をする場合には、刑法第二十五条第二項及び第二十五条ノ二を適用して、必ず保護観察に付する言渡をしなければならないものであるから、これらの法条を適用しないで、同法第二十五条第一項を適用した原判決には、この点につき法令の適用に誤があり、この誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張するにより、案ずるにかつて、昭和二十八年六月十日、最高裁判所大法廷が、昭和二十五年(あ)第一五九六号事件について宣告した判決において「併合罪の関係に立つ数罪が前後して起訴され、後に犯した罪につき既に執行猶予の判決が確定した場合においてもし前に犯した罪が同時に審判されていたならば、一括して執行猶予が言い渡されたであろうと認められるときは、前に犯した罪について更に執行猶予を言い渡すことができるとするのが相当であるから、かかる場合に限り刑法第二十五条にいわゆる「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ」とは実刑を言い渡された場合を指すものと解するを相当とする」旨判示していること、及び、右は、昭和二十八年法律第百九十五号による改正前の刑法第二十五条第一号の解釈に関して示された判例であることは、いずれも所論のとおりであつて、所論は、右判例の解釈は、明らかに文理上の矛盾を来すことになるばかりでなく、前示法律第百九十五号による改正において、新たに、刑法第二十五条第二項として、「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトアルモ其執行ヲ猶予セラレタル者云々」の一項目が追加された結果として、右大法廷の判例は、適用の余地がなくなつたものであるから、該判例は、前示刑法の一部改正以前における特殊な場合に限つて適用されるべきものであつて、右改正後においては、当然その適用がないものである旨主張するのであるが、なるほど、前示判例の解釈は、刑法の文理解釈上いささか無理の点を包含するもののように考えられない訳ではないけれども、しかし、このような解釈が下されるに至つたのは、昭和二十二年法律第百二十四号による刑法の一部改正によつて、従前の連続犯の規定が削除された結果として、従来連続一罪として取り扱われて来た数個の同種犯行が、すべて併合罪の関係に立つ数罪として取り扱われることになつたことや、新刑事訴訟法の施行により、搜査が制限を受けることになつた結果として、これら併合罪の関係に立つ数罪をまとめて起訴することができず数囘にわたつて起訴するような場合が多くなつたこと等のために、前示大法廷の判決にみるようないわゆる余罪の取扱についての不均衡を来す場合が生じて来たので、被告人の基本的人権を、右併合罪処理の実情に即して合理的に擁護する必要より、前示の不均衡を是正する目的をもつてなされた精神解釈であると考えられるところであるから、右のような文理解釈上の多少の無理はやむをえないものといわなければならない。しかして、所論法律第百九十五号による刑法の一部改正によつて、果して所論のように、右余罪の取扱に関する不均衡が是正され、前示判例の適用の余地がなくなつたかどうかの点を検討するに、右法律によつて改正された刑法第二十五条は、新たに、第二項として、「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトアルモ其執行ヲ猶予セラレタル者云々」の規定が追加されただけであつて、従前の規定(改正法同条第一項)には、何らの変更も加えられてはいないのであり、右改正後の同条第一項第一号は「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」に関する規定であるのに、同条第二項は「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトアルモ其執行ヲ猶予セラレタル者」に関する規定であつて、両者は全く異つた場合を規定しているのであるから、改正法が新たに第二項を追加したからといつて、これがため、直ちに、右改正によつて変更されなかつた「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」に関する解釈に影響を及ぼすものとは考えられないばかりでなく、右改正法が同条第二項を追加した趣旨は、主として、いわゆる再度の執行猶予を認めて執行猶予制度を拡張するにあつたものと解されるところであり、且つ、同法が、第二十五条ノ二の規定を新設して、第二十五条第二項の場合に必ず猶予の期間中保護観察に付しなければならない旨を定めたのは、保護観察制度の性質上、既に禁錮以上の刑に処せられその執行を猶予された者が、未だ改悛することができないで、更に罪を犯したことにより、再度の執行猶予を言い渡されるような場合には、その前歴に照らし、改悛を確保する手段として、常に必ず保護観察に付することが適当であるとの趣旨に出たものであつて、これと趣を異にするいわゆる余罪について執行猶予を言い渡す場合にまで、常に必ず保護観察に付する趣旨ではないと考えられるのであるが、所論の解釈に従うときは、いわゆる余罪の場合については、執行猶予の条件が従来よりかえつて厳格となり、且つ、常に必ず保護観察に付さねばならないこととなり、被告人にとつて不利益の結果を来し、執行猶予制度を拡張しようと企図した右改正法の精神に反するものといわなければならない。叙上の次第であつて、所論刑法の一部改正によつては、前示大法廷判決において企図したいわゆる余罪の取扱に関する不均衡是正の問題は、未だ解決されたものとは考えられないばかりでなく、右改正法を検討してみても、改正法実施の前後により、余罪の取扱についての解釈を異にすべき根拠を発見し難いところであるから、前示判例は、所論刑法の一部改正後においても依然として存在の意義を有し右改正によつて変更を受くべき筋合のものではないといわなければならない。してみれば原判決が被告人に対し、刑の執行を猶予するにあたり、右判例の趣旨に従い、刑法第二十五条第一項の規定を適用し、同条第二項、第二十五条ノ二による保護観察に付する言渡をしなかつたことは相当であるというべく、原判決には、所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤はないから、論旨は理由がない。

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